パースに到着
3月 March
Mon
Tue
Wed
Thu
Fri
Sat
Sun
1
2
3
4
5
6
7
8
9
-
-
-
-


3月31日

今日で3月も終わり。オーストラリアに来て2週間が過ぎた。 日本では、これからどんどん暖かくなるが、こっちはだんだん涼しくなってきている。雨も多くなるようだ。
でも日差しはまだまだ強く、こっちに来てからけっこう日焼けした。 自転車を買ったおかげで、行動範囲が広がり、移動時間が縮まったので土地感も身についてきたし、いろんな発見ができるようになった。
これから、もっともっと行動範囲を広げていきたいと思う。

3月30日

キッチンに食器や調理器具がないため、アウトドア用品店でフライパンを入。これで、とりあえず炒め物などの料理ができる。
スーパーで卵やサラミを買っておいたのに、今まで調理できずにいた。
あと2,3ヶ月したらシドニーに移動する予定なので、いろんな道具を買っていまうと荷物になってしまう。資金も節約しないといけないことだし。
とりあえずあとは、お米を炊くなべが一つあると便利だろう。

3月29日

今、泊まっている所は、設備もととのっている(共用キッチンに食器、道具がないのがネックだが)のだが、個別の電話がなくて公衆電話だけ。
 だから、なかなかデータ通信ができないのが難点だ。
今日も午前中に、Smith宅にお邪魔して電話回線を貸してもらった。
公衆電話からも音響カプラーなるものを使用すれば通信は可能だが、電話回線のコンディションや周囲の雑音などで、切断してしまうことが多い。
しかも加入電話からは一回25セントで済むが、公衆電話は40セント。そして、今いるロッジの公衆電話は50セントもかかる。それで、途中で切れてしまうのだから、安心して通信していられないのが現状だ。
しばらくは、このままなんとか乗り切るしかないだろう。

3月28日

久しぶりにパースに行って大きな買い物をしてきた。
バイク!っといっても、こっちでいう自転車だ。やっぱり行動範囲を広げて 自由に動き回るには自転車が必要だ。西オーストラリアには、数ヶ月しか 滞在しない予定なので、中古のマウンテンバイクにした。ダンロップの けっこうガッチリしたやつ。$200(約16000円)したので、かなり値が張ったが、その他にヘルメットも鍵もつけてもらったので、納得の価格だ。
しかも、シドニーに移る時は売値の50%で買い取ってくれるので、実質は $100程度で済む。
自転車屋のおやじさんが実に親切な人で、オーストラリアの自転車の乗り方も教えてくれたし、パンクや故障しても無料で修理 してくれるという。
こちらでは、自転車は自動車と同じ信号や交通法規を守らなければ いけないが、電車に一緒に乗せて運べるし、かなり行動範囲は広くなる。これからは、この相棒と一緒にあちこち探検だ。

3月27日

フリーマントル駅前のユースホステルをチェックアウトして、新しい住まいに 引っ越した。駅から15分ほど歩いた所にある、「オーシャンビューロッジ」 だ。5階建て(こちらでいう4階、地上階はグランドフロアという)の建物で その名の通り遠くにインド洋が見渡せる素晴らしいロケーションにある。 部屋はそれぞれ個室になっていて、キッチン、バス、トイレなどは共同で そこら辺はユースホステルと変わらないが、その他に体力作りができる ジムやテニスコート、プールまで完備されていてほとんどホテル並み。 こうなると宿泊費が高いと思うだろうが、一週間でわずか$95(約7600円) フラットをシェアしても一週間で$100はかかってしまうし、ボンドといわれる 敷金を払わなければならない場合が多いから、ベストな選択と言える。 ここは人気が高いらしく、今回は運良く空きが出て泊まれることになったので、しばらくはここに腰をすえて、フリーマントルを中心に活動することにする。

3月26日

今日も午後からデイセイルに参加する。 昨日よりはコツもつかめて、次に何をするのか先読みして行動できる ようになった。 それでも、依然相手の言っていることを聞き取るのに まだまだ苦労する。どんな事を話しているのかは、だいたい分かるのだが 正確な内容までは把握できない。後でじっくり考えてみて、「あっ、 こうい うこと言ってたのか」と分かる場合が多い。 オージーはとくにしゃべり方が早いように感じるが、聞き取りの際のポイ ントをつかめば、もっとうまくコミュニケーションとれるように思う。 とにかくもっと耳をならすことに限る。

3月25日

今日は、ルーウィンのデイセイル(日帰りの航海)のボランティアに参加 した。デイセイルといっても、夕方5時出航で8時までの約3時間の航海だ一般の人たちに大勢乗ってもらって、帆船というものを体験してもらうのが目的である。ボランティアを始めとするクルーは、帆を広げたり畳んだり 向きを変えたりして、帆船を動かすのが主な仕事だ。 たった3時間といっても、船を動かすための仕事量はけっこう多く、しかも 風が強く冷たかったのでけっこう疲れた。 問題のコミュニケーションだが仕事に関しては今までの経験が役に立ってだいたい何をするのかは分かるけど、それ以上の会話になってくると かなり厳しい。 相手がしゃべっていることが早すぎて聞き取れないからだ 何度も何度も聞き返す訳にはいかないので、ある程度推測して返事を していると全く違っていることがよくある。 あと、移民の国だけあって、人によっては聞き取りやすい場合と、そうでな い場合がある。やはり、かなりの慣れが必要のようだ。

3月24日

早起きして、朝一番に新聞を買いに行く。 部屋の探し方にはいくつか方法があるが、一番ポピュラーなのが、地元紙West Australianのシェアメイト募集の個人広告で探す方法だ。 特に今日水曜と土曜日にはたくさんの広告が載る。しかし、多くの情報の 中から自分の希望に合った物件を探すのはけっこう苦労する。まず地名が 分からないといけないし、一件あたりの広告スペースが限られているため 略語や専門用語が多いからだ。だから、分からない部分は地元の人に 聞いたりして、少しずつ理解できるようになった。 こうした広告は、図書館やユースホステルなどの掲示板などでも見る ことができる。そしてもし、いい物件が見つかった時は、さっそく本人に 電話して実際に見に行くことになる。

3月23日

今日から部屋探し。 ボランティアとして手伝う予定のルーウィンには、船の都合により継続して乗船できないため、陸上で他に住むところを探すことになった。 オーストラリアでは、一軒家を何人かで一緒に住む(シェアする)方法が、 一般化している。ベッドルームにそれぞれが泊まり、キッチン、バス、トイレなどを共同で使用するのだ。その分、家賃を全員で分担して支払う。 ユースホステルはそれなりに快適だが、結構費用がかかる。 それに私の場合、インターネット接続のための一般電話回線が必要だ。 うまくいい所が見つかればいいのだが・・・

3月22日

今日から、フリーマントルのユースホステルに滞在している。 この街は、小ぢんまりとしていて歩きやすい。 普段はそれほど人通りは多くなく、17時を過ぎるとほとんどの店がしまってしまい(パースも同じ)、夜の街は閑散としている。 しかし週末ともなると、駅の近くにあるフリーマントルマーケットでは、大勢の人たちで賑わう。

3月21日

朝から、PC復旧作業を続けるが、途中でまたデータが消えるという アクシデントに見舞われ、再度ディカバリーする羽目に・・・ 幸い、スミスさん宅に滞在中だったため、電源や電話回線など 必要なものがそろっており、復旧する環境的には申し分なかった。 夜になって、やっとほとんどのソフトが使えるようになってきた。 やはり、海外で通信をするためには、パソコンやインターネットにかなり 詳しくないと、何かトラブルがあったときに非常に苦労する。あと、できたら 海外でもサポートを受けられるようなPCを購入した方がいい。 この2日間は、そっくりPC復旧に時間を費やしてしまった。

3月20日

パソコンのThink Padが、突如としてうまく動かなくなってしまった。 なんとか復旧を試みたが、どうも駄目なようだ。原因はよく分からない。 以前から小さなトラブルはあったが、今回のようなダメージは初めてだ。 結局、ハードディスクをフォーマットして、ディカバリーすることになった。 こんなこともあろうかと、いろんなソフトを持ってきておいてよかったとつくづく思った。でも、全てのデータが元に戻る訳ではない。今まで受け取ったEメールのメッセージはなくなる。(アドレス張は大丈夫)

3月19日

パースから約19km離れた港町、フリーマントルに住んでいる 知り合いのスミスさん夫婦の所にお邪魔している。二人とも、日本の 帆船「海星」の元乗組員で、 日本で何度もお世話になっている。 奥さんは(日本人)は、フリーマントル在住一年で、オーストラリアでの生活に必要な情報をいろいろと教えてもらい、とても参考になった。

3月18日

パースはこれから秋だというのにまだまだ暑い。残暑といったところか。 Tシャツ一枚だけでも十分なほどの日差しだ。 知ってのとおり、オーストラリアは日本と時差がほとんどない(パースで 1時間)代わりに季節が正反対なのだ。 でも、せっかくの夏ももう終わり、これからは雨が多くなるらしい。

3月17日

今は、パースにあるブリタニアYH(ユースホステル)に宿泊している。 3年前に来たときも泊まっていた所だ。 一泊あたりシングルで22ドル(約1700円)。共同でトイレ、 シャワー、 キッチンが使える。キッチンにはコンロ、冷蔵庫、電子レンジや食器類 全てそろっているので快適だ。

3月16日

昨日の深夜、パースについた。 さすがに空港も街も静まり返り、空には星が輝いていた。 この南半球の星を見るのは、これで2度目。3年前、1ヶ月間滞在した時だ その時から、今回のワーキングホリデーのことは考えていた。 当時パースを発つ時、「もう一度、ここに戻って来てやる」と誓ったものだ そして今、またここにいる。 だから正直「やっと帰ってきた」という感じだ。

3月15日

今日で香港ともお別れ。
短い滞在だったけど、この街の人たちの活気がオーストラリアでの生活への活力になったように思う。
またいつか訪れたい。


3月14日

香港人の友人レイモンドが、いろんな所を案内してくれる。
なかでも、黄大仙廟(ウォンタイシィンミウ)というお寺では、多くの人たちが
お祈りに訪れていて、それぞれが線香を焚くものだから、あたり一面けむりだらけでむせかえるほどの状況だった。
お供えをしたり占いに興じたりと、みんな真剣そのもので、香港では信心
深い人たちが多いように感じた。


3月13日

香港に着いて一夜が明けた。
この街は、すごい活気にあふれている。 昨夜も、空港からのシャトルバスを降りてホテルに向かう数100メートルの間に、3人に声をかけられた。
安宿の客引きだ。ちょうどバス停の近くに宿が密集しているらしく、しかも
大きなバックパックを背負っていたから、声をかけてきたのだろう。
私の場合、すでにホテルの予約を日本でしていたからと説明したが、
みんななかなか強かで、最後の一人はホテルの入り口まで着いてきたほどだ。 たしかに安い宿もあるが、オーストラリアに着くまでは安心できる
所に泊まっておいた方がいい。


3月12日

ついに日本を発つ時がきた。
オーストラリアに滞在する計画が始まったのは5年前のこと。 当時は一年間も海外に行くなんてこと自体、不可能だと思っていたのに、いろんな経験を積むうちにできる自信が沸いてきて、今ではシドニーオリンピックという大きな目標に向かっている。今日、1999.3.12は、私の人生にとって大きな節目に なることだろう。

3月11日

いよいよ明日、日本を発つ。 明日の夜は香港にいることだろう。
たくさんの友達から、応援のメッセージが届いた。 とても心強いことだ。
結局、Eメールを利用すれば、みんなとはすぐ連絡が取れるし、
オーストラリアは日本と時差がほとんどないからチャットとかもできる。
だから、日本を離れると言っても、実際はそんなに寂しくないのです。


3月10日

国際免許証の申請に行った。
交通安全センターにパスポートと日本の免許証、証明写真を持っていけば
即日発行してくれる。費用は2700円で1年間有効だ。
ただし、オーストラリアでは基本的に、国際免許は入国から3ヶ月間しか
使えないらしい。だから、実質有効なのは、6月中旬までとなる。


3月9日

出発まで、あと3日。
準備の方は万全だ。でも、きっと何かは忘れるんだと思う。
ただ、パスポートや航空券など重要なもの以外の物なら、たいてい現地で
も手に入れることができるしなんとかなるだろう。
ここまできてあせっても仕方ないし。


3月8日

荷物の準備と平行して、部屋の片づけをする。
せまい部屋の上にかなり散らかっていて、整頓するのに一苦労。
特に長野オリンピックで使ったいろんな資料が山積みになっている。
捨てればいいようなものだが、シドニーで必要になるんじゃないかと
今までずっととってあったのだ。でも、持っていける荷物の量は知れてるし
ほとんどがゴミと化してしまった。


3月7日

オーストラリアでは、英語学校に通う予定がないため、実戦で腕を磨く
ことになる。しかしながら、何らかの教材がないと、単語や表現方法など
正確に身につけることは難しい。
 そこで、英会話のテキストをスキャナーでパソコンに取り込んで持っていくことにする。200ページ近い内容が、少しのハードディスク容量に収まって
しまうパソコンは、本当に便利な道具だ。


3月6日

出発に向けて、ホームページを少しリニューアルしてみる。 激励のメッセージももらって、がんばらなきゃなってつくづく思う。 オーストラリアでの通信環境によって、どのくらいページの更新が できるのか分からないけど、応援してくれる人がいる限りがんばりたい。

3月5日

小包1箱を、SAL便で郵送した。あて先は、パース在住の知り合いの所。
約2週間かかるというから、パース入りする3/15日から4日程経った頃に
着くのだろう。まぁ、大した物は入ってないのだけど、無事に着くやら
ちょっと心配だ。


3月4日

荷造りをしながら、22時からTV版「リング」を見た。
初回からずっと見ているのだけど、 いよいよ佳境に入ってきて、どうなることやらますます楽しみだ。  ・・・ただ、次の回を最後にオーストラリアへ旅立ってしまう。 最終回が見られない・・・誰か心優しい方、3/18以降の内容をメールでそっと教えてください!


3月3日

持っていく荷物を作っている。
たいていの物は、大きなバックパック(MILLET製)に詰め込み、PC関係は
大きなウエストバックに入れて持っていく。その他、入りきらないものは、
郵便小包として発送するのだ。ただ、航空便だと料金が高いし、船便だと
1ヶ月以上かかってしまう。そこで、その中間を取ったSAL便というのが、
便利でお得だ。期間も2週間程度で届くらしい。


3月2日

長野オリンピック組織委員会(NAOC)から、記録集とビデオが送られてきた
記録集は、けっこう分厚くてかなり細かいところまで書いてある。ボランティアたちの感想もたくさんのっていて、 大会運営側の立場に立った内容となっている。
ビデオの方はあとで見ることにしよう。


3月1日

ついに3月になった。
出発まであと11日。ホント、あっと言う間だ。
それにしても、海外に長期間行くための準備というものは、なかなか
難しいものがある。 持っていきたいの物はいっぱいあるのだが、荷物は
なるべく少なく しなければいけない。身動きが取れなくなってしまうからだ
しかし実際は、パソコン関係だけでも結構な荷物なのだ・・・

 

日記一覧へ

ページトップ |  ホーム



Produced by Tadachi olympics@tadachi.com