大陸横断旅行
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6月30日晴れ

部屋を探す前にまず住む地域を決めるわけだが、大都市のシドニーでは住宅地も広範囲に渡っているため、何らかの決め手がないと選ぶのに苦労するだろう。まず、治安の悪い場所は除外するとして、それ以外に私の場合は、シティーとオリンピック競技会場が集まっているホームブッシュベイの両方にアクセスできる地域が選択要素となる。
そこで今日は、一番有力な場所であるストラスフィールドという街に下見に行ってみた。セントラル駅から西へ電車で20分の所にあり、問題のオリンピックパークへはほんの3駅で行けてしまう距離だ。駅前には商店街やショッピングセンターがあるので便利だし、路線バスも接続している。
とりあえず、この街を重点にシェアフラット探しを始める。


6月29日晴れのち曇り

とりあえず、部屋代の高いセントラル駅そばの宿(一泊$40!)をチェックアウトし、ハーバーブリッジを渡った湾岸の街ニュートラルベイにある週$125のプライベートホテル(長期滞在者用の宿泊施設)に場所を移す。シティのサーキュラキーまでは、フェリーで10分の距離にあり、行き帰りにはオペラハウスやハーバーブリッジを眺めることができる。
しかしながら、この宿のキッチンには調理器具はおろか食器類もいっさいない(フリーマントルの時と同じ)ので、道具を揃えない限り、長期滞在にはあまり向かないようだ。しかも部屋には暖房がないので、かなり寒い。
とにかく、早くシェアフラット(アパートなどを何人かで住む方法)を探したほうがよさそうだ。


6月28日曇り

パースを出発してから2週間、大陸横断の旅の最終目的地であるシドニーに到着して一夜が明けた。体調もかなりよくなってきて、普通の食事もとれるぐらい回復してきた。
オーストラリア最大の都市、シドニーに来た目的はただ一つ、「シドニーオリンピックに参加すること」である。そのためには様々な段階を踏んでいかなければならない。まず第一にしなければならないことは、「住むところを探すこと」だ。この東京並みに大きな街の中で、生活の拠点を決めることがこれからの活動の土台となるはずだ。
しばらくの間は、観光はさておき、情報収集を最優先に考えていこう。


6月27日曇り

バスの中で一夜を過ごし(車内の方が宿の部屋より数段暖かかった)、海岸線沿いの18時間かけるルートでシドニーに向かう。首都のキャンベラを経由する急行バスなら12時間で着いてしまうが、キャンベラはものすごく寒い(氷点下!)し、急行は割増料金がかかるので、あえて時間のかかる路線を選んだのだ。
体調の方は、十分な睡眠と水分をとるようにして、悪化せずに過ごすことができた。しかし、依然おなかの調子が悪く、普通の食事がとれない状態が続いていた。せっかくシドニーに着くというのに楽しみも半減してしまう。
午後3時にシドニーバスターミナルに到着。しかし、今日は観光などいろいろ動き回らずに、予約しておいた近くの宿に泊まって早く寝ることにする。


6月26日晴れ

どうも昨日の朝から体の調子が悪く、寒気や頭痛がする。Kさんは早朝発のバスで出発するので、彼を見送った後に宿をチェックアウトするはずだった。しかしほとんど動ける状態ではなく、結局、追加料金を払ってシドニー行きのバスが出発する夜10時まで部屋で寝ていることにする。
この3日ほどのメルボルンは、ものすごく寒かった。特に朝晩の冷え込みはきつく、しかも部屋には暖房器がないので、窓の隙間から冷気が侵入してくる。幸い窓際のベットではなかったので助かったが、(Kさんはかなり寒かったらしい)メルボルンの気温はかなり体に応えたようだ。
薬を飲みながら夜まで寝ているとだいぶ良くなってきたので、宿をチェックアウトし、バスターミナルに向かうことにする。チケットはすでに買ってあったので、なんとかがんばってシドニーに向かうしかない。


6月25日晴れ

今日でメルボルン滞在も最終日。やっぱり1週間あっても全て回りきれないくらいメルボルンの街は大きい。
最後の夜、ずっと同じ部屋だったKさんと、となりの部屋でグレート・オーシャン・ロードツアーでも一緒だったYさんの3人で、メルボルン最後の夕食をとる。メインはYさんお手製の野菜いため。ご飯にフルーツも付いてなかなか豪華だ。
2人とも素晴らしい経歴の持ち主で、いろいろ参考になることが多く、もっと話を聞きたいところだったが、今月中にはそれぞれオーストラリアを発ってしまうというので残念で仕方がない。でもシドニーに行っても、一人でがんばっていけるパワーをたくさん分けてもらった気がする。


6月24日快晴

午後から、メルボルンの観光名所の一つである「コモ・ハウス」に行く。
コモ・ハウスはオーストラリアでよく見かける建物の形、テラス・ハウスの原型となったものだ。1840年代に建てられ、1959年まで上流階級の人々が住んでいたという。現在はナショナル・トラストという文化財団が管理している。
外見は街でよく見かけるテラスハウスと変わりないが、いったん中に入るとそのアンティークな内装と調度品の豪華さには目を見張るばかり。全て手の届く範囲に置いてあるので、係員同伴の見学ツアーでないと家の中に入ることすらできない。また、家具を守るためにフラッシュを伴った写真撮影は禁止されている。その点、私のデジカメは露出が少なくてもきれいに撮れるので助かった。それにしても入場料9ドルは高い!


6月23日快晴

グレート・オーシャン・ロードへのツアー($50)に参加する。グレート・オーシャン・ロードは、メルボルンの西側沿岸にのびる道路のことで、 途中ところどころで切り立った崖や素晴らしい奇景を見ることができる。
早朝7:15に宿の前からピックアップしてもらい、ツアーバスは海を目指す。途中、野生のカンガルーやコアラを見ながら、バスはサーファーのあこがれの場所ベルズ・ビーチに到着。キアヌ・リーブスとカート・ラッセルが出ていた映画「ハート・ブルー」のラストシーンにも使われていたほど、いい波が来るという有名なビーチだ。
このツアーでは、その他に熱帯雨林の森や、砂浜に打ち上げられて死んだクジラなどを見たり、見どころは盛りだくさん。そのためか、奇岩群に着くころには、日が沈みかけていた。夕日が奇岩の向こう側に沈む景色を見ることができたのは最高だったが、そのうち日が落ちてしまって、ロンドン・ブリッジなど一部の場所には行くことができなかった。そして、帰ってきたのは夜の10時。本当に疲れた。
グレート・オーシャン・ロードの1日ツアーに行くなら、日が長くて暖かい夏の方がいいのかもしれない。


6月22日曇り

早朝から霧雨が降っていて、ビルの頂上が霞んでいる。午前中は、メルボルンで撮ったたくさんの写真を整理。しかしながら、インターネットにアクセスする適当な公衆電話がなくて、ホームページをアップロードすることができない。
午後からは、ポリー・ウッドサイド海洋博物館へ行く。ドックに入っている帆船がそのまま博物館となっていて、メルボルンの海の歴史を知ることができる。平日だったので、客はかなり少なくさみしいくらいだった。
日が落ちてからは、夜景を撮りにリトルトタワーへ。オーストラリアで最も高い253mのこのビルの展望台からは、メルボルンの街が一望できる。普通のカメラだったら、フィルムがいくらあっても足りないくらい素晴らしい景色が広がっていて絶対おすすめの場所だ。


6月21日晴れ

メルボルンはトラムの街と言ってもいいほど、路面電車がたくさん走っている。市内のどこに行くにも、たいていトラムで間に合ってしまう。中にはただで乗れる巡回トラムもあって、旅行者にはとても便利である。
今日はKさんとともに、市内を散策。キャプテン・クックの生家へと足を運ぶ。 オーストラリアを3回探検しているクックは、オーストラリアではかなり有名である。彼が乗っていたエンデバー号の復元船も母港のフリーマントルを出港し、現在世界1周航海に出ているほどだ。帆船好きの私としては、かなり興味深い場所である。


6月20日晴れ

宿泊中のバックパッカーズホステルの目の前には、セントラルマーケットという市場があって、朝から大勢の人で賑わっている。その大きさには驚かされるほどで、1日中見て回ってもあきないほどいろんな店がならんでいる。
観光協会で情報収集をした後は、トラムに乗って海辺のキルダに向かう。日曜日にはたくさんの小さな露店が並ぶマーケットが有名な町だ。この日は海風がとても強く、露店のテントも飛ばされそうなくらいだったが、たくさんのお客さんで賑わっていた。
キルダからの帰りに、写真スポットを探して散策する。メルボルンはシドニーに次いで大きな都市だけあって、観光名所もたくさんある。1日では到底回りきれないくらいだ。天気が悪い日も考えると、やはり一週間は必要かも知れない。


6月19日快晴

朝5時半に起きてホームページをアップロードし、メルボルンへ向かう準備をする。長距離バスターミナルまで宿の人が乗せて行ってくれるので、6:30にフロントに集合。そこで出会った、同じくメルボルンへ向かうという日本人男性Kさんと一緒にグレイハウンドバスに乗りこむ。 7:15にアデレードを出発し、 メルボルンへと向かう。ほぼ満席に近い状態だ。
宿で出会ったKさんは、シドニーで4年間も働いていたというベテラン。今回ビザが切れるため、日本への帰国を決め、その前に各地を旅しているのだという。メルボルンに着くまでの間、いろんな話を聞いていくうちに、だんだんとシドニーでの生活のイメージが湧くようになってきた。
辺りも暗くなった頃、メルボルンの夜景が目に飛び込んでくる。そして、アデレードから約11時間かけ6:40、メルボルンのバスターミナルに到着。ずっと話をしていたKさんと意気投合し、2人で同じ部屋をかりて、1週間メルボルンに滞在することになった。


6月18日

アデレード最終日だというのに、朝から雨が降っていて出かけることができない。今日はトラム乗って、海辺の街グレネルグに行こうと思っていたのだが仕方なく中止することにした。
午後から雨上がりのアデレードの街を散策する。噴水のあるビクトリアスクエアをしばらく北に行くと、ランドル・モールとハインドリー・ストリートという2つの通りがある。 ここは、アデレード一番の繁華街で、デパートやおみやげやカフェなどが建ち並ぶ。そこをさらに北に進むとセント・ピーター・カテドラルという大聖堂が見えてくる。その建物の大きさと造りには圧倒されてしまう。アデレードにはこうした古い教会が数多く点在し、歴史を感じさせられる。
もう少しアデレードを見て回りたかったが、明日はメルボルンに向けて出発しなければならない。


6月17日曇り時々雨

アデレードの北東約55kmにあるオーストラリアでも有数のワインの名産地、 バロッサバレーのワイナリーを巡るバスツアーに参加する。12名の参加者を乗せて、アデレード・ヒルズと呼ばれる緑に囲まれた丘陵地帯を超えると、一面のどかなブドウ畑が広がっている。そこには、大小50以上のワイナリーが存在し、それぞれワインの試飲、販売を行なっている。ツアーではその中の4ヶ所のワイナリーを訪れて、ワインの試飲や工場見学などをするのだ。
ワインにはあまり詳しくないので専門的なことは書けないが、白赤それぞれのワインに甘味や渋み、コクに違いがあっておもしろい。最初のワイナリーでは、注がれるままに飲んでいたのだが、一ヶ所で8本、1日で30本近くテイストするので、けっこう酔いが回ってくる。後半では、匂いも味も違いが分からなくなってしまうくらい。最初は静かだった参加者たちも、酔いのせいかだんだん話が弾み、賑やかな雰囲気になってきた。
工場見学では、ワインの製造行程や貯蔵庫などを見学する。一番古いものでは、120年以上寝かせてある樽もあり歴史を感じさせる。
とにかく、ワイン好きにはたまらないツアーに違いない。


6月16日晴れ

早朝6時、南オーストラリアのアデレード、ケズヴィック駅に到着。駅まで迎えに来てくれたバックパッカーズ・ホステルのバンで宿まで乗せて行ってもらう。夜明け前のアデレードは雨上がりらしく、かなり冷え込んでいた。
アデレードの町は、通りが碁盤の目のように規則正しく並んでいて分かりやすく、しかも街自体が小さくまとまっているので、旅行者にはかなり歩きやすいといえる。 街の中央には、ビクトリアスクエアという広場があり、周囲にはタウンホールや中央郵便局などの古い建物、海辺へ向かうトラムの発着場などがある。規模としてはパースより小さいが、より英国の雰囲気を感じることができる街だ。


6月15日晴れ

列車内は、ファーストクラス、寝台クラス、エコノミークラスに分かれ、他のクラスの車両には行くことができないようになっている。もちろん私が乗車したのは、一番安いエコノミークラス。座席だけのシンプルな客車だ。
世界でも有名な列車とはいえ、シーズンオフだったため乗客は少ない。エコノミー2車両のうち、4分の1の席が埋まる程度。どちらかというと、ファーストクラスの方が人気が高く混んでいるようだ。
昼間は、ビデオの上映をしてくれるが、基本的にはやることがなく暇である。景色も途中から平坦な平原ばかりで変化がないので、時間の過ごし方が問題となってくる。幸い私の場合、周りの人たちと知り合いになれたので、話をしたりトランプをしながら飽きることなく時間を過ごすことができた。
夜間はエコノミーの場合、寝るときが一番困るのだが、空いていたため1人で2つの座席を使って横になることができた。しかし、それでも足を曲げなければならないので、寝心地は決していいとは言えない。それに、夜間はエアコンを切ってしまうので車内は寒くなる。しかも、毛布の貸出しもしてくれないので、多くの乗客が寝袋を持参していた。私の場合、レインコートを代用して、何とか寒さをしのいだ。やはり、優雅に列車の旅を楽しむには、ファーストクラスや寝台クラスがいいようだ。


6月14日雨のち晴れ

ついに、西オーストラリアを離れる日が来た。3月15日にパース空港に降り立ってからちょうど3ヶ月。これまでいろいろな事があったし、友達もたくさんできたが、今はシドニーを目指さなければならない。
パース・アデレード・シドニーを結び大陸横断をするインディアン・パシフィック鉄道は、パースから少し離れたイーストパース駅から出発する。今回下車するアデレードまでは約2700km、43時間の長旅である。途中のナラボー平原では、約480km(東京−京都間)の平坦な直線をかけ抜ける。線路の直線距離としては、世界最長を記録するほどだ。
約2日間、この列車に乗って、南オーストラリア州のアデレードを目指す。


6月13日快晴

早くもシドニーの牧場を発つ時が来た。明朝のインディアン・パシフィック鉄道に間に合うバスがないため、今日のうちにパースに戻っておかなければならない。
午前中は、シドニーの末娘のジェシカと一緒にジャグリング(お手玉)の練習をしたり、犬や猫たちとたわむれたりと、とてものんびりした時間を過ごす。お昼はサンドイッチを作って庭で食べる。聞こえるのは風の音と小鳥のさえずりぐらい。この牧場にいるとまるで時間が止まったかのような感覚にとらわれる。大都会のシドニーに行けば、こんなにのんびりした時間は過ごすことはできないだろう。もう少しここにいたかったが、 明日は西オーストラリアを旅立たなければならない。


6月12日晴れ時々曇り

シドニーが経営する「バランバ」という名前の牧場には、羊約600匹と肉牛約400匹がいくつもの区画に分けられて放牧されている。なにしろ敷地がものすごく広く、車でなければ移動が不可能なほどだ。
午前中、シドニーと一緒に4WDに乗って牧場の見まわりにでかける。病気にかかって弱っている羊を探して連れて帰り治療を施すのだ。 けっこう病気にかかりやすいようで、中にはすでに死んでいる羊もいた。
午後には、牛を別の区画に移すため牛追いの作業を行なう。牧場では2匹のシープドッグを飼っていて、見まわり行く時は常に一緒にでかける。主人にとても忠実で、シドニーが運転する車と犬たちの絶妙なチームワークで牛たちを柵の外に追い出していく。まさに現代のカウボーイである。


6月11日豪雨、強風

サバンティを去る日が来た。たった3日間だったが、クレイフィッシュ漁に出かけたり、小学校で日本語を教えたり、ピナクルスの夕焼けを見たり、とても充実していた。特に、リンジー&ニッコラの家庭にお邪魔して、子供たちと遊んだり、一緒にのり巻や日本そばを作ったりしたことは、普通の旅行では決してできない貴重な体験になった。サバンティを離れるのは、後ろ髪を引かれる思いだが、出発しなければならない。
そして午後からは、同じくルーウィンで一緒に航海したシドニーの牧場を訪れて、2日間牧場での生活を体験することになった。


6月10日晴れのち曇り

午前中、サバンティスの小学校に行って、生徒たちに日本の話をすることになった。長男のリーバイが通う3、4年生のクラス20人ほど相手に、自己紹介から始まってどこから来たのか、オーストラリアに何しに来たのかなどを話す。あと、全員の名前をカタカナで書いてあげたらみんな興味津々で、一生懸命自分の名前をノートに書きこんでいた。みんな素直でとてもいい子供たちだ。
夕方には、ニッコラと子供たち5人でピナクルスに行き、夕日が照らす風景を写真に収める。前回来たときとはまた違った素晴らしい景色が広がっていた。明日にはもう、サバンティスを去らなければならない。


6月9日晴れ

朝6時に起きて、ニッコラの兄弟がやっているクレイフィッシュ(伊勢エビ)漁に連れて行ってもらう。船に乗って、20分ほど進むと所々にブイが浮かんでいる。それに繋がっているロープを手繰りよせて、1m四方のカゴの形をした罠を引き上げると、いるわいるわたくさんのクレイフィッシュが。しかしながら、一定以上の大きさでないと捕獲することができないので、その場で定規で測り、規定以下のエビは海に投げ入れる。カゴを引き上げてはまた投入し、合計100以上の罠を調べて約70kgのクレイフィッシュが採れた。このエビの大半は、飛行機で日本や中国に輸出されるらしい。
晩御飯は、私が中心になってのり巻を作る。 すし飯を作り、ボイルしたエビやキュウリ、ピーマンを中に入れる。ルーウィンに続いて2回目の挑戦にしては、見た目も味もなかなかののり巻になった。後は、今朝採れたばかりのクレイフィッシュをさしみにして、日本酒で乾杯。日本でも味わえないくらいのぜいたくなディナーとなった。


6月8日曇り時々雨

ルーウィンで知り合ったリンジー&ニッコラ夫婦が経営するキャラバンパークにしばらく泊めてもらうことになった。ちょうど昨日のパーティーに彼らも来たので、キャラバンパークのあるサバンティスまで一緒に乗せてもらう。
人口約400人のサバンティは漁業と観光が主な産業となっている小さな町だ。その町でキャラバンパークを経営する二人は、長男のリーバイと双子のジャスパー、モーガンの3人の息子を持つ父と母でもある。このアットホームな家庭で3日間生活を共にすることになった。


6月7日晴れ

夕方からルーウィン航海で同じワッチ(班)だった仲間たちと再会する。場所は同じく航海を共にしたメンバーが経営するレストランだ。 メンバー10人中8人とその奥さんや恋人合わせて12人が集まった。航海から帰ってきて10日と経っていないのに懐かしい感じがするのはなぜだろう?
写真交換から始まり、夕食を共にしながら航海中の出来事など話がはずむ。あいかわらず話していることの半分は分からなかったが、そんなことはもはやどうでもよかった。
今回再会したことで、シドニーに向けて旅立つまでに、メンバーが経営するキャラバンパークと牧場を訪ねることになった。 最終的にパースを旅立つのは6月14日になりそうだ。


6月6日晴れ

こっちに来てずっと愛用していたマウンテンバイクも昨日手放してきた。英語クラスで知り合った日本人にヘルメット、カギ付きで売ったのだ。いいバイクだったので、シドニーまで持っていくことも考えたが、持ち運ぶのが大変なのと、列車やバスへの持ち込み料が合計50ドル(4000円)ほどかかるためあきらめることにした。シドニーはパースより公共交通が発達しているので、自転車に乗る機会がどのくらいあるのか分からない。どうしても必要になった時はまた買うことになるだろう。


6月5日晴れ

3月に西オーストラリアに来て大部分の時間を過ごしたフリーマントルを離れる時が来た。スミス夫婦に駅まで送ってもらいパース行きの電車に乗り込む。お二人には、しばらく泊めてもらったり、シドニーの住所が決まるまで別送の荷物を預かってもらったりと、最初から最後までお世話になりっぱなしだ。本当に感謝している。
久しぶりのパースは、3連休(5/7ファウンデーションデー)ということもあって、いつになく人で賑わっている。しばらくの間、パースのユースホステルに滞在だ。


6月4日晴れ

明日フリーマントルを発つので、ルーウィンのオフィスを訪ねる。
航海中に撮った写真をフロッピーディスクに保存して、一緒に航海したクルーにプレゼントする。デジタルカメラで撮った60枚ほどの写真を、HTMLファイルで一覧できるようにして1枚のフロッピーに収納するのだ。FDは記憶容量が小さいので写真の画質を落とさなければならないが、FD一枚当たり1ドル程度で済むので手軽に焼き増しすることができる。
ルーウィンはオリンピックに合わせてシドニーにやって来る予定なので、次回はボランティア(ボースンズメイト)としてイーストコーストでの航海に参加したいと思う。それまでみんなとは、しばしお別れだ。


6月3日曇り時々雨

スターウォーズ”エピソード1”公開初日。さっそく見に行く。
アメリカでは会社を欠勤してでも見に行くというぐらいだから、ものすごく込むだろうなと思っていたのに、上映20分前に行っても並ぶこともなく、いい席に座ることができた。
新しいスターウォーズは、とにかくすごいかった! 内容については触れないが、とにかく映像がきれい!コンピュータグラフィックスもほとんど実写に近い。前作より4、50年ほど前の物語だが、何人か同じキャラクターの若い頃が登場するのでとても興味深い。 字幕がないので台詞が聞き取れない場合が多かったが、それ以上に映像が迫力万点で十分楽しむことができた。 もう今から”エピソード2”が楽しみで仕方ない。


6月2日晴れ

現在、今後の予定を検討中。
シドニーに送る荷物をまとめた後フリーマントルを後にする。7日の夜ルーウィンの仲間とパースで再会した後、2ヶ所ほど彼らが経営するキャラバンパークや農場を訪ねる。そして、6月中旬にはシドニーに向けてパースを出発する予定だ。アデレード、メルボルンを経由し、約10日間かけてシドニーに到達する大陸横断の旅だ。 南側を旅するには少し寒い季節だが、とにかく今はシドニーを目指さなければならない。


6月1日晴れ

ルーウィンオフィスを久しぶりに訪ねる。デジタルカメラの画像を彼らに渡すためだ。しかしながら、オフィスのコンピュータは全てデスクトップで、画像を記録してあるPCカードのスロットがない。何か別の方法を考えなければならないようだ。
それと、今後シドニーで仕事を探す際に必要になる履歴書の手直しを、前回一緒に乗船した事務員のジャスミンに手伝ってもらう。彼女は器用な手さばきでMS-Wordを操り、私の作った履歴書を完璧なものに仕上げてくれた。これなら、きっとシドニーでいい仕事が見つかるに違いない。彼女には感謝の言いようがない。

 

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