パラリンピック開幕
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〜業務シフト〜
8:00-16:00 15:30-23:30 休日

10月29日快晴 パラリンピック閉幕 シドニー2000全日程終了

とうとう、パラリンピックが閉幕する時がきた。それは、2ヶ月に渡り繰り広げられてきた感動の祭典"SYDNEY2000"全ての大会が永遠に終わることを意味する。申し込みから約2年、長かった私の「シドニーへの道」も、今日の閉会式によってついにゴールを迎えることとなった。
観客席の一部が選手たちに開放され、様々なアトラクションが繰り広げられる。最後の瞬間を名残惜しむかのように、オリンピックスタジアムは満員状態だ。
一通りのショーが終わると、パラリンピックの閉会と同時に、"SYDNEY2000"の閉幕が宣言される。そして、IPC会長のあいさつでは、オリンピックと同じように「史上最高の大会」と賞賛され、両大会とも大成功を収めたことが証明された。
次回の開催地ギリシャへのパラリンピック旗の引き渡しが行われると、いよいよ聖火が消える瞬間がやってきた。「消えて欲しくない」というのが正直な気持ちだが、これがオリンピック、そしてパラリンピックの宿命なのだ。受け入れるしかない。名残惜しい気持ちを押さえながら、徐々に小さくなっていく炎を眺めていると、今までの思い出が次々に蘇ってくる。辛かったこと、楽しかったこと、全てを胸に新しい道を歩き始めなければなれない。11万人が見守る中、聖火は永遠に消え、長かった私の挑戦も終わりを告げた。


パラリンピックの閉会式とともに、シドニー2000大会が全て幕を閉じた

10月28日快晴 競技10日目 休日

 


日本男子チーム最後の試合が行われたスーパードーム

10月27日快晴 競技9日目 15:30-23:30

 


鈴の入ったボールを追うゴールボールは視覚障害者の競技だ

10月26日快晴 競技8日目 15:30-23:30

 


競技が終わった夜中のオリンピックパークはいたって静か

10月25日快晴 競技7日目 15:30-23:30 

今日から、夜のシフトが始まった。午後3時半から夜11時半までが担当だ。
メインメディアセンターは、オリンピックの時に比べてかなり縮小され、したがって報道関係者の数も少ない。 時折、車椅子や松葉杖をついている人を見かけるぐらいで、オリンピックの時と雰囲気はほとんど変わらない。しかし、オリンピックと同じ設備を使用しているため、不備な部分もある。例えば、障害者用のトイレの数が少ないとか、ピジョンホールの位置が高すぎて、車椅子の人には上の段に入っている資料に手が届かないといった具合だ。ただ、パラリンピックでは会場設備や輸送など、可能な限り障害者に配慮した運営がなされているため、非常に理想に近い社会といえるだろう。
シドニーの街は日本に比べれば、公共の施設にスロープやエレベーターが多く設置されていると思う。それをパラリンピックを機にいっそう充実させていけば、もっと素晴らしい都市になっていくことだろう。


MMCのとなりの建物で行われているパワーリフティング

10月24日 競技6日目 休日

今日は休みだが、朝から雨が降っていてあまり出かける気にならない。パラリンピックは比較的、屋内で行われる競技が多いため、支障が少ないのが幸いだ。しかし、陸上や馬術などは天候によってコンディションが変わるため、晴れの日が続いた方がいい。
観客にとっても天気がいい日に競技を見に行きたいのは当然で、その点デイパスチケットなら購入してあっても好きな日を選ぶことができるから安心だ。逆にいうと、競技日程に関係なく、天気のいい日や週末に観客が多く訪れるといえる。だから、あらかじめチケットの売上によって観客の人数が把握できるオリンピックに比べて、パラリンピックは人の流れを見極めにくい。例えば、オーストラリア人選手が出場するゲームはほぼ満員状態だが、次の試合はガラガラといった具合。また、デイパスを使ってできるだけ多くの競技を見ようと、試合の途中で出たり入ったりする観客が結構いるので、結構あわただしい。きっと、オリンピックとはまた違った運営の難しさがあるだろう。


MMCの正面玄関には大きなスクリーンがある

10月23日快晴 競技5日目 8:00-16:00勤務 

パラリンピックの競技は、障害による特別なルールやクラス分けなどがあるだけで、オリンピックで行われているのとさほど変わりはない。会場も同じ施設を使用しているし、競技レベルも非常に高いため「もう一つのオリンピック」と呼ばれるほどだ。また、ゴールボールやボッチャ、パワーリフティングなど、独自の競技も多く行われていて楽しめる。
ただ、 オリンピックに比べるとまだまだ認知度は低いというのが現状だ。現に開催国のオーストラリアであっても、人気競技の陸上や水泳、車椅子バスケなど以外はTVで見ることはなかなかできないし、人気競技であっても、ほとんど録画やダイジェスト版での放送となっている。日本でも同じ状況のようで、NHKの独占放送とはいえ、長野大会に比べると露出度はかなり低いようだ。
しかし、これからは、オリンピックとパラリンピックを一本化していくという流れが強い。今回も「シドニー2000」という大きな枠組みの中で行われ、陸上の公開競技で車椅子レースも行われた。2008年の大会からは、契約書も一本化していくようだ。 そうなれば、パラリンピックに対する世の中の注目も次第に大きくなっていく違いない。


オリンピックと同じように水泳競技は、大人気

10月22日快晴 競技4日目 8:00-16:00勤務 

MMCでちょっとしたトラブルがあった。家に帰ろうと建物の出口に向かうと、入場ゲートのスタッフに「日本語を話せるか?」と呼び止められた。何やら、日本人のメディアともめているらしい。当事者に話を聞いてみると、カメラマンが数十本の撮影済みフィルムをMMCに持ち込もうとした際、担当スタッフが誤ってフィルムをX線検査の機械に通してしまったというのだ。ご存知の方もいると思うが、好感度のフィルムにX線を当てると感光して使い物にならないことがある。カメラマンの方は、それを避けようと透明のビニール袋に入れて、目視検査を受けようとしたのだが、勝手にX線の機械に通されてしまったという。
検査担当者の説明では、このX線機械はフィルムに悪影響が全く出ないタイプだという。オリンピックも含めて今まで何千回とフィルムをこの機械に通してきたが、クレームは一つも出ていないから大丈夫だという。ちゃんと英文の説明書もあるし信用できそうだが、仮にフィルムに何か影響が出たら、会社としては大損害を被ってしまうという心配もあるし、訴訟問題になり兼ねない。しかし、フィルムは日本に帰るまで現像しないというので、影響があったかすぐに認することが出来ないため、これ以上どうしようもなかった。フィルムに損傷がなかったことをただ祈るしかない。とりあえず、担当者の名前と連絡先を教えてもらい、その場は何とか収めてもらった。
通訳(といっても、たいした英語力ではないが)を頼まれる時は、たいてい何か問題が起きてから、というパターンが多い。すでにお互いヒートアップしている時もあるので、その雰囲気に飲まれないように冷静に対処することが大切だ。 技術的な語学力はもちろん、当事者の間に入って問題を解決するという能力も必要である。まだまだ経験が足りないようだ。


オリンピックスタジアムで行われている陸上の車椅子レース

10月21日快晴 競技3日目 8:00-16:00勤務

パラリンピックにおける私の業務は、名称がパラリンピックニュースサービス(PNS)となっただけで、オリンピックの時と同じように各競技の公式記録を管理配布する仕事である。使用する設備や備品もオリンピックで使用していたものをそのまま使用している。ただ、大会の規模が小さいため、プリンタやコンピュータなどの数は大幅に縮小されている。
競技数も減り、その分スタッフの数も少なくて済むわけだが、パラリンピックの場合、同じ競技種目であっても選手の障害の度合いによっていつくかのカテゴリーに分かれている。しかも、車椅子や視覚といった障害が、公式記録ではT52やT14といった記号で表記されるため、素人にとっては非常に理解しづらい。私は昨日、実際に競技を観戦していたので、少しずつだがクラス分けの方法が理解できるようになってきた。やはり、実際に現場に出てみないと分からないことは多いようだ。


パラリンピック報道の中枢がメインメディアセンター(MMC)だ

10月20日快晴 競技2日目 休日

シフトの関係で今日は休み。せっかくなので、休日を利用して競技を見に行く。パラリンピックでは、指定席のチケット以外にデイパスと呼ばれる一日券があり、同日中ならどの競技場にも出入りすることができる。これで料金はわずか15ドル(約900円)とお得だ。 このデイパスがとても好評で、チケットの売上目標を軽く上回り、オリンピックの人気をそのまま引き継いだ形となった。
今日は久しぶりに晴れ間が広がったせいか、平日にもかかわらずたくさんの観客が訪れた。行きの電車が満員で乗れなくなるほどで、市民のパラリンピックに対する関心の高さを伺わせた。
自分自身はというと、長野パラリンピックで観戦したことはあったが、夏の競技を見るのは初めてである。陸上や水泳など基本的にオリンピックと同じ種目が行われるわけだが、車椅子バスケットボールやシッティングバレーボールなど、一見新しいスポーツのように思える競技もあって新鮮に感じる。もちろん、パラリンピック独自の競技も多い。
国際大会だけあって、選手たちの表情は真剣そのもので、それだけこちらも応援に熱が入る。競技を見ている限り、選手の体に本当に障害があるのかなんて忘れてしまうくらいだ。なんたって、両足義足の選手が100m11秒台で走ってしまうのだ。まさにパラリンピックは、もう一つのオリンピックといえよう。


車椅子バスケットボール、日本vsオランダ戦の様子

10月19日雨のち晴れ 競技1日目 8:00-16:00勤務

早朝、ものすごい豪雨で目がさめた。今日からパラリンピックのボランティア業務が始まるのだ。昨夜の開会式のおかげでかなり寝不足の状態だが、再び始まった世紀のイベントに心躍らせながら、通いなれた道を通り、オリンピックパークのメインメディアセンター(MMC)へ向かう。
パラリンピックでは、オリンピックの時のMPCにIBC(国際映像センター)が合わさったMMCという施設になり、規模は小さくなったものの、TV、ラジオを含む全てのメディアの拠点となった。日本のTV局では、NHKが大きなオフィスを構えている。
私の仕事はというと、前回と同じように全競技会場の公式記録を管理、提供する業務である。名称が「パラリンピックニュースサービス(PNS)アシスタント」となったが、内容はさほど変わりがないので、仕事をする上では特に問題はない。ただ、メンバーの人数が減り、顔ぶれも変わってしまったので、全く新しいチームとしてスタートすることになった。
昼過ぎから晴れ間が見え始め、暑い日差しが戻ってきた。11日間の新たな挑戦が始まった。


パラリンピック競技初日、ボランティア業務も始まった

10月18日曇り時々雨 パラリンピック開会式

シドニーパラリンピックが開幕した。
前もって開会式のチケットを買っていたので、久しぶりにオリンピックパークへ向かう。オリンピックが終わって以来、人影も少なく、ゴーストタウンと化していた五輪公園だったが、今日は10万人近くの観客で溢れかえり、まるで1ヶ月前にタイムスリップしたような賑わいだ。開会式のチケットはすでに完売しており、それほど、みんながあの時の感動を再び味わいたい感じているのかも知れない。
小雨が降るあいにくの天気となったが、タクシーライドやカイリー・ミノ−グなど有名アーティストが出演するとあって、立ちあがりから会場はものすごい盛り上がりを見せている。しかし、前半のアトラクションは正直あまりパッとしたものではなかった。選手の入場行進も、トラックを一周してきた選手団と新たに入場してきた人たちが交差してしまい、なかなか座席に着くことができず、ショーの流れが完全に止まってしまった。長野五輪の時のように、後半は違うゲートから入場するようにすればよかったのだが。結局、オリンピック開会式のように終了予定をオーバーし、3時間半かかってしまった。途中で帰ってしまう選手や観客がいたのは残念なことだ。
これから11日間におよぶ競技を通した選手たちの活躍に期待したい。私も明日から業務が始まる。


12日間のシドニーパラリンピックの幕明けとなった開会式

10月17日曇り パラリンピックまで、あと1日

オーストラリア首都、キャンベラをスタートしたパラリンピック聖火がシドニー市内に到着した。
最近、オリンピックはすでに遠い昔の出来事のように感じることが多かった。しかし、聖火リレーのため市内の道路が封鎖されて、たくさんの見物人で溢れている状況を目の当たりにすると、シドニーに再びあの時の感動と興奮が戻ってきたような気がしてなんだかうれしくなってくる。
近頃のシドニーは天気が悪く、今日も曇となってしまったが、ハーバーブリッジのアーチの天辺で聖火リレーが行われ、オリンピックを上回る粋な演出となった。こうした様子を見ていると、自分の心の中にオリンピックの前のドキドキする気持ちがよみがえるのを感じた。
明日から、いよいよ12日間に及ぶシドニーパラリンピックが始まる。


パラリンピック聖火が到着を待つシドニータウンホール

10月16日快晴 パラリンピックまで、あと2日

パラリンピック開催2日前。オリンピックが終わり、普段の雰囲気に戻ったシドニーの街も、パラリンピックに向けて少しずつ盛り上がりつつある。
私もオリンピックが終わってからというもの、心にぽっかり穴が開いたような状態が続き、何もする気にならずにいた。俗に言う、「燃え尽き症候群」というやつだ。自分では、それを認めたくないのだが、脱力感や無気力が次々に襲ってきて、ずっと立ち直れずにいた。「まだパラリンピックがあるじゃないか!」とずっと自分に言い聞かせてきたが、オリンピックに向けて全力疾走してきた私にとって、気持ちの切り替えはそう簡単なことではなかった。
しかし、パラリンピックが近づいてきたことによって、聖火台に再び聖火が灯るように、自分の心にも情熱という炎が再び燃え上がってくるのを感じた。

 

〜しばらく、日記はお休みです〜

 


10月6日快晴 パラリンピックまで、あと12日

ボランティアパレードが終わり、オリンピック関連のイベントが一通り終了した。今度はパラリンピックがやってくる。といっても、そう簡単に頭を切りかえることはできそうにない。元々、オリンピックを大きな目標として今までがんばってきただけあって、いざ大会が終わってしまうと、もっと規模の小さいパラリンピックには魅力を感じなくなってしまう。もちろん、パラリンピックにはパラリンピックの良さがあるわけだが、オリンピックが終わってしまったという充実感と悲しみで今は胸がいっぱいで、正直次の事を考える余裕がない。ここは少し時間を置いて、心の整理をつけた上で新たな気持ちでパラリンピックに臨むのが一番だろう。


10月5日快晴 パラリンピックまで、あと13日

ボランティアのためのパレードがシドニー市内で行われた。ONSの仲間は、あらかじめタウンホールで待ち合わせをし、スタート地点であるハイドパークへと向かう。閉会式から4日しか経っていないが、久しぶりの再会という気がするのはなぜだろう。 すると、仲間の一人がONSの横断幕を持って登場。この日のために、手書きで作ってきてくれたらしい。なんて素晴らしいアイディアだろう。
タウンホール近くのハイドパークは何万人ものボランティアでごった返している。ユニフォームの色ごとに、そして担当業務ごとに分かれて待機する。これほど多くのボランティアが一同に会したのは初めてだろう。
パレード開始。メインストリートを通ってハーバー寄りのドメインへと歩いていく。沿道にはたくさんの人たちが、手や旗を振りながら我々を激励してくれる。沿道から送られてくる「Thank You!」という言葉が、今までの苦労を一気に忘れさせてくれるほど耳に響いた。
ゴールのドメインの巨大な広場では、特設ステージでコンサートが行われ、あちこちに並ぶ屋台では、ジュース、ホットフード、アイスクリームなどが無料で配られている。何万人ものボランティアをもてなすこのビックパーティー主催者(SOCOG&スポンサー)の寛大さには驚くしかない。それだけ、ボランティアスタッフの重要度や認知度が高いという証明だろう。

本日の写真

ボランティアたちのために行われた市内パレード

10月4日快晴 パラリンピックまで、あと14日

オリンピックが終わった今もまだ感動の余韻が残ったまま。自分の中では、まだオリンピックが続いているような錯覚さえする。今回は、引き続きパラリンピックのボランティアにも参加するので、この勢いを大会が始まる2週間後まで持続していきたいところだ。
ONSのボランティア仲間の何人かは、オリンピックとともにボランティア活動が終了したため、それぞれの自国や地元に帰って行った。みな、自分の場所があるのだから仕方ないが、とてもさみしいものだ。私もある意味、気持ちを切り替えていかないといけないのかも知れない。


オリンピックが終わったシドニーは真夏のような暑さが続く

10月3日快晴 パラリンピックまで、あと15日

閉会式から2日経った今日、シティ市内でオーストラリア選手団のパレードが行われた。オペラハウスを出発したパレードは、聖火リレーと同じルートを通ってセレモニー会場となるタウンホールへ。市街を埋め尽くすほどの地元ファンが沿道に集まり、人垣で選手を見るのも困難なくらいだ。これほどのパレードが見られるのは、3月に行われるマルディグラスのパレードぐらいだろう。沿道だけでなく、ビルの窓からもたくさんの顔が覗き、シュレッダーの紙くずや手作りの紙吹雪が降り注いで選手たちの凱旋を心から祝福した。
タウンホール前では、特設ステージが設けられ、市長を始め有名人による祝辞が続く。そして、オーストラリア国家斉唱。もう何度も聞いて歌詞を口ずさめるほど耳に馴染んだ曲だ。シドニー五輪が大成功したのも、長野の時と同じように地元の選手が活躍してくれたおかげだ。地元の選手を応援する際の「Ausie,Ausie,Ausie-Oi,Oi,Oi」という掛け声は、 もう誰もが知っているフレーズ。「ニッポン、チャチャチャ」のようなものだ。
オーストラリア選手たちの凱旋ツアーは、今後全国各都市を周る。このフィーバーぶりは、まだまだしばらく続きそうだ。

本日の写真

オーストラリア選手団の市内パレード

10月2日快晴 パラリンピックまで、あと16日

二日酔いで気分が悪い。昨夜の閉会式の後、MPCに戻りONSのみんなと打ち上げパーティーをした。ボランティア、SOCOG職員、ジャーナリスト関係なく、飲んで踊ってオリンピックの成功を祝った。パーティ会場となったMPCのダイニングは、いつの間にかディスコと化し、我々ONSのスタッフもみんなで輪になって踊った。そう言えば、長野五輪の閉会式でも、「輪になっておどろう!」に合わせてみんなで踊ったな。あれから、20ヶ月が経った。
一夜明けたオリンピックパークは、ほとんど人通りがない。昨日までの賑わいが嘘のように静まり返っている。なぜ、今日オリンピックパークに来たかというと、MPCの大会スタッフのための打ち上げパーティーが開催されるからだ。飲み物、食べ物は全て無料という大盤振る舞いだ。ボランティアたちは、普段アルコールが禁止されていたため、ここぞとばかりみんな飲みまくっていた。私はというと、昨夜のパーティで飲みすぎていたため、今夜はおとなしくしてした。なにせ、家に着いたのは今朝の5時だったのだ。

本日の写真

閉会式の翌日のオリンピックパークは、まるでゴーストタウンのように静か

10月1日快晴 オリンピック閉幕 9:00-18:00

ついに、17日間におよぶ熱戦の幕を閉じる時が来た。
この日、5000枚の閉会式チケットが、朝7時からボランティアたちに無料で配られることになった。ずっと売れ残っていたA席チケット(1350ドル)の空席を埋めるためで、TV写りを考慮したものと考えられるが、結果的にボランティアへの最高のプレゼントとなった。無料チケットは基本的に先着順のため、私も朝5時に起きて指定の場所へ向かったが、すでに800人近くのボランティアたちが並んでいた。中には徹夜組みもいたようで人気振りを垣間見ることができたが、当の私はわずか2時間待っただけで手に入れることができた。ラッキーである。
ONSの仲間たちもみんなチケットを手に入れ、喜びを隠し切れない様子だ。最終日は、競技数も少なく出てくる公式記録の数も少ないため、かなりのんびりした雰囲気。お互い住所を交換したり、一緒に写真を取ったりしながら最後の一日をみんなで楽しんだ。
そして、閉会式。席は聖火の真正面、絶好のロケーションだ。風が強くかなり寒いが、遠くに見える聖火は、最後の瞬間を目前にし、いっそう赤々と燃え上がっている。歌やショーで盛り上がった後、選手たちが各国バラバラに入場。戦いを終えた選手たちはみな楽しそうで、そこには敵も味方もなく平和と友好が感じられる。
そして、これが最後の大会となるサマランチ会長の挨拶。私にとっては、長野に次いで2度目のスピーチだ。ボランティアを含め大会関係者の活動を絶賛し、そしてシドニー大会を位置付ける「史上最高の大会」という表現。この魔法の言葉によって我々は安堵し、今までの苦労がどこかに吹き飛んでしまうのである。そして、五輪旗が厳格な儀式とともにオリンピック発祥地ギリシャに引き継がれていく。
聖火が消える時が来た。開会式にも出演したニッキー・ウェブスターちゃんが歌うと、聖火台の方向に会場11万人の視線が集められていく。「消えないでー!」という叫びがどこからか聞こえてきそうだ。歌い終わった瞬間、正面から轟音とともに戦闘機が大きな炎を吹きながら会場上空を賭け抜けていく。まるで、聖火が天に昇っていくかのように・・・。 夜空に消えていく聖火を見ながら、「終わったんだ・・・」と自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
そのさみしさを忘れさせるかのように、閉会式ではパーティーが始まった。次々に登場するオーストラリアの歌手や有名人。この日、「史上最高の大会」を祝福する宴は夜中まで続いた。
本日の写真

17日間、世界中を感動の渦に包んだオリンピックも今日で終わり

 

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