待望の大会ユニフォームと大会関係者の身分証明証となるアクレディテーションカード(ADカード)を受け取る。これで、オリンピックに向けた最終的な準備が整ったことになるが、ここに至るまでには苦労があった。
すでに組織委員会の本部で手伝いをしていた私だったが、実は正式なボランティアの登録手続きが済んでいなかった。登録するためには、ジョブオファーという業務決定の通知に同封されている同意書にサインをして送り返さなければならなかった。しかし、本来は数ヶ月前に送られて来るべきものが、何らかのトラブルで私の所に届いていなかったのである。登録が完了しない限り、ADカードやユニフォームはおろか、大会中のシフト表ももらえないのだ。
この書類の存在を知ったのは、今年7月のことだ。ユニフォームやADカードの知らせがいっこうに来ないため不思議に思い、いつも面倒を見てくれているONSのオフィスマネージャー、ジェーンさんに尋ねたのがきっかけだった。
ジェーンさんによると、業務通知は数ヶ月前に担当部署からすでに発送してあるという。宛先が間違っている可能性もあるため、念のためにコンピュータで確認してもらうと、ちゃんと新しい住所が表示されていた。では、なぜ届かないのだろうか?
オーストラリアでは、郵便物が途中でどこかに行ってしまい、ちゃんと届かないことがある。この時点で私は、郵送段階で手紙が紛失してしまったのではないかと考えた。仕方なくジェーンさんにお願いして、ボランティア担当から業務通知を再送してもらうように連絡をとってもらった。
しかし、1週間以上経っても手紙らしきものが全然届かない。ようやく業務通知が送られてきたが、それはパラリンピックのものだった。もちろんパラリンピックのボランティアもやりたかったのでうれしかったが、肝心のオリンピックのものが送られて来ないではないか。
いったい、どうなっているのだろう?せっかく順調にここまでやって来れたというのに、ADカードが手に入らなければ、一切会場には入れないし、も
ちろん仕事に携わることもできない。問題外である。この頃、オーストラリア ののんびりした環境にどっぷり遣っていた私だったが、さすがにこの時ばかりはあせり始めた。
もう一度、ジェーンさんを訪ね事情を説明すると、今度はプレスオペレーションの責任者にEメールで連絡を取ってみてはどうかと言われた。ボランティア登録に関して彼女は担当外だったため、直接助けることができないというのだ。
Eメールだと連絡がいつ来るか分からないし、電話も繋がらなかったり留守電になっているケースもある。直接会って話をするのが一番確実な方法だが、向こうも忙しいのだから仕方がない。できる限り丁寧な内容の英文を書いてメールを送ってみる。すると、意外にもすぐに返事が返ってきた。
責任者の説明では、手紙が届かないのはシステム上の問題とのこと。どういう意味かいまいち理解できなかったが、とにかく即急に登録手続きを取り、ADカードもユニフォームも受け取れるように手配してくれるという。シフト表も担当者に製作するよう伝えてくれることになった。
やはり、上の立場にいる人にコンタクトが取れると話が早い。今まで苦労してきたことがうそのように一気に全てが解決してしまったようだ。
こうして後日、シティのRedfern駅のそばにある"Uniform Distribution & Accredited
Centre(UDAC)"に、ユニフォームとADカードを受け取りに行くことになった。UDACは、古い列車工場を改造して作られた巨大な建物で、内部はコンピュータがずらりと並ぶ近代的な設備が整っている。
ADカードは、まず係員の指示に従いデジタルカメラで顔写真を撮影し、専用の台紙にプリントしてラミネート加工すれば5分ほどで出来上がりだ。本当にあっという間に仕上がる。カード製作を担当しているボランティアから「グッドラック!」と声をかけられADカードを首に掛けられると、なんだか戦場へ出かける兵士のような気分になった。
次に、ユニフォームを試着してサイズを確認し、7色のポロシャツの中から、自分の担当業務を示すブルーの物を受け取る。これ以外に、ズボン、靴下、帽子、ジャケット、ウエストポーチ、水筒などいろいろあり、手さげ袋が一杯になるほどだ。ちなみに、私が所属するオリンピックニュースサービスのスタッフには、これとは別に専用の黒いポロシャツが支給される。各競技会場で取材活動を行うため、他のスタッフと区別する必要があるからだ。
ADカードとユニフォームを受け取ると、本当にボランティアとして参加するのだという実感が沸いてくる。ボランティアとして記念に残る品物もこの2点だろう。
気分も高まり家路に着こうとふとADカードに目を向けると、なんと自分の名前が間違って印刷されていることに気づいた。これでは会場に入れない可能性もあるため、ヘルプデスクに相談に行くと、名前を正しいものに直した新しいカードを発行してもらえることになった。
念の為、ヘルプデスクで私の登録している住所を確認すると、驚いたことに1年以上前に住んでいたことのある西オーストラリアの住所になっていることが判明した。当時は、この住所で登録していたのだが、シドニーに引越した時に、担当課に連絡して住所変更の手続きをしていた。どうやら、ボランティア課とプレスオペレーションが持っている個人情報のデータベースがリンクしていないらしい。そう言えば、担当課からは今まで手紙がちゃんと届いていた。
その反面、ボランティア課から発送されたものは、全て西オーストラリアに送られていたことになる。
プレスオペレーションの責任者が言っていたシステム上の問題というのはこ の事だったのだ。どおりで、手紙が届かないわけである。
SOCOGの不手際にはいつも泣かされっぱなしだ。今までこの事実を知らなかっただけに、怒りを通り越してあきれるしかない。ここまでうまくたどり着けたのが不思議なくらいだ。
ADカードとユニフォームを受けとり、大会には確実に参加できることになったが、どうやら最後の最後まで気が抜けそうにない。その反面、「大丈夫。これからもなんとかなるだろう」と楽観的な考えになってしまうのも、1年半の滞在でオージースタイルが染み付いてしまった証拠なのかも知れない。
世界が舞台のオリンピック。オーストラリア特有のこのゆったりとした考え方が、どこまで世界に通用するのか不安であり、また楽しみでもある。
〜第10章につづく〜